2014年03月24日

3月 有備館雪景色幻想。洞川院とこけし巡り。

岩出山伊達家の歴史公園。
清らかな天華の水彩画。

2014年3月某日

01有備館s.jpg02有備館s.jpg03有備館s.jpg

08有備館s.jpg07有備館s.jpg05有備館s.jpg
12有備館s.jpg15岩出山駅s.jpg16岩出山駅騎馬像s.jpg

 先の震災からまもなく3年。倒壊した岩出山の「有備館」の主屋も、昨年11月にやっと復元が着手され、来年3月に完成予定らしい。県内でも屈指の歴史公園が現在、無料開放されていると聞き、いつもの湯遊びがてら二人で訪ねてみることにした。 
  仙台から車で約1時間。岩出山は、伊達政宗が天正19(1591)年、米沢から居城を移し仙台に移るまでの約12年間を過ごした地で、以後、代々に渡り岩出山伊達家が治めた。伊達家家臣や子弟の学問所となった「有備館」は、日本最古の学校建築として知られ、現在、庭園とともに国の史跡および名勝に指定されている。
 降りだした雪のせいか、園の周辺は人影もなく静まり返っていた。管理棟の職員に軽く会釈をし、中へと進む。地割れや陥没の被害に見舞われた庭園は、現在、西苑から庭園出先までの一部のみの公開のようだ。資料によれば庭園が整備されたのは正徳5(1715)年頃。作庭は仙台藩茶道頭の石州流三代清水道竿によるもので、造りは池中に島を配した廻遊式池泉庭園。園内には樹齢300年を超える大木が点在し、四季折々の景色の美しさでも愛されている。石や燈篭を配さず、自然物だけで構成されているのもこの庭の特筆される点で、こうした旧態の大名庭園は、現在、他には会津若松の「御薬園」だけだという。
 身も凍る寒さのなか、私たちを待っていたのは筆舌に尽くしがたい景色だった。苔庭も飛石も幹も梢も浮島も、すべてがうっすらと淡い雪化粧で覆われている。風ひとつない無音の園内で、ふわりふわりと踊りながら降りてくる粉雪は、まるで天からこぼれた光の胞子のようだ。どこまでも静謐なその世界に寒さも忘れ、感嘆しては立ち止まり、何度もシャッターを切ってしまった。冬の有備館は、思わぬ絶景を独り占めにできる穴場スポットだ。すぐ側にはJR有備館駅もあり、かつてJR仙台駅構内にあった政宗騎馬像も帰郷し、懐かしい故郷の天を仰いでいた。

18ホテル客室よりs.jpg19ホテルこけし展示s.jpg21通路こけしと花s.jpg24売店わらび餅s.jpg
42風呂s.jpg25夕食会場s.jpg
34夕食s.jpg31夕食s.jpg29夕食s.jpg35夕食s.jpg
38夕食s.jpg37夕食s.jpg26夕食お酒s.jpg45朝食s.jpg

圧巻のこけしコレクションと
ひと足早い春の美味彩膳。

 本降りとなってきた雪に遅い春を思いながら、ホテルにチェックイン。部屋から見える鳴子小学校の姿に「そういえば、そろそろ卒業式ね」と、手を離れた子供たちの思い出話に花が咲く。「こけし絵付けもやったなぁ」と、懐かしい家族旅行の話題ついでに、ふとホテル館内にある「こけし展示館」を思い出し、足を運んでみることにした。 〈松宮コレクション〉と呼ばれるこのコーナーは、鳴子系こけしを筆頭に個人の蒐集家が東北各地から集めた9系統のこけしが一堂に展示されている。その数、なんと2,000体。中には帽子を被ったものや、エキゾチックなものもあり、見ていて飽きない。聞けば《鳴子歴代名人工作》のケースは、特にファンにはたまらない逸品揃いだという。
 ぶらり立ち寄った売店では、シンプルなこけし柄の〈わらび餅〉を発見。聞けば、すぐ近くにある老舗のものらしい。連れと相談し、早速、明日訪ねることにした。
 夕食前にひと風呂浴び、昭和30年代から変わらないという、こけしデザインの浴衣に身を包んでレストランへと向かう。お楽しみの料理には冬メニューの他、ひとあし早い春を楽しむ、こごみや山うどなどの揚げたて「天ぷら」や「若筍椀」も並んでいる。注文してからバーナーで焼き目をつける「炙りチャーシュー」は、舌の上でとろける旨さ。ホテルの方の話によれば、常連客が多い鳴子ホテルは、来るたび楽しいブッフェメニューの開発に力を入れているという。一番のロングセラーは?と尋ねると、目の前で焼き上げる「鮎の姿焼き」との答え。なるほど。注文した清酒「鳴子の湯」にもよく合うスタンダードな酒の友だ。酒造好適米、豊錦を使った「鳴子の湯」は、地元で200年以上続く田中酒造のもの。ふくよかでキレのよいバランスのとれた旨口は、料理との相性も抜群だった。
 朝食には定番の餅料理に加え、「パンケーキ」も初お目見え。連れ曰く、トレンドにも敏感なホテルの新メニューには、毎回、期待度大なのだという(笑)。

48岡仁s.jpg
50岡仁s.jpg51岡仁s.jpg

52岡仁s.jpg
54岡仁s.jpg55岡仁s.jpg53岡仁s.jpg

57岡仁s.jpg56岡仁s.jpg58岡仁s.jpg

3代続く名工の手ほどき。
夫婦水いらずの絵付け体験。

 チェックアウト後は、周辺を少し散策。以前からその佇まいが気になっていた、こけし工房「岡仁(おかじん)」の暖簾をくぐる。工房で木地を削っていた手を止め、快く迎え入れてくれた親方の岡崎さんによれば、店は創業100年あまり。現在3代目だという。時代の波に押され鳴子のこけし工人も、年々少なくなっているそうだ。お話を伺っているうちに、急きょキーホルダーの絵付け体験(一人500円)に挑戦することに。鳴子こけしの色彩は黒、赤、緑の3色。連れと二人、緊張が走る筆先で恐る恐る用意された木地に絵を描く。世辞とはいえ、親方にも褒められた我ながら味わいのある出来栄え(写真右)に、少々自負(笑)。思わぬ旅の記念となった。
 40年のキャリアを持つ名工人の親方の作品は、ほぼ完売状態で、現在、手元にはほとんど無いという。「この大きいのが祖父。その左が親父、その隣が私が初めて絵付けしたやつね。いまの(一番左)に比べると、ぎこちないでしょ(笑)」と、親子3代に渡る作品と、自身の歴史を並べて見せてくれた。親方によれば、工人毎にこけしの顔は異なり、一目で作者が分かるそうだ。ちなみに「岡仁」の名の由来は、初代、岡崎仁三郎にちなんだもの。4代目の息子の代になれば、正真正銘の「岡仁」にまた戻るよ、と嬉しそうに語ってくれた。

60洞川院s.jpg63洞川院s.jpg
64洞川院s.jpg67洞川院s.jpg65洞川院s.jpg
71洞川院s.jpg68洞川院s.jpg72洞川院s.jpg75洞川院s.jpg


目を見張る総うるしの贅空間。
知られざる鳴子の必見古刹。

 知る人ぞ知る「洞川院(とうせんいん)」は、温泉街から鬼首に向かう大橋を渡った先にある。杉やヒバの大木が立ち並ぶ参道の奥には、黒々とした伽藍が、白い雪と対照的に鮮やかなコントラストで佇んでいた。
 寺のご住職の案内で本堂に足を踏み入れたとたん、その光景に息を呑む。床から柱、天井に至るまで、〈漆黒〉の総うるしが施されている。さらに内陣の須弥壇は、まばゆいばかりの金箔だ。ご住職、菅原さんの話によれば、寺の背後にある三条山には、かつて足利家3代目、足利義氏の孫で奥州一円を支配した石塔義房(いしとうよしふさ)が築城した葉山城があり、寺もまた、その南北朝時代に由来するとのこと。この辺りは古く、平泉に先駆け、豊富な埋蔵量の金山で栄えたようだ。その量は東大寺の大仏の金箔を全てまかなったというから驚く。伽藍を覆う絢爛豪華な金と漆は、まさに歴史を彷彿とさせる。
 築250年の本堂を修復したのは2008年。扱いが非常に難しい漆の施工には、地元を含め全国から5社の漆職人が集結し、完成まで約1年半かかったという。中には日光の東照宮や、平泉の金色堂を手がけた職人もいたというから、何とも贅沢な話だ。
 興味深いのは伽藍だけではない。御年55歳というご住職は、東京大学を卒業後、コンサルタント会社に20年程務めたという経歴の持ち主。立板に水の弁舌も軽快で、聞けば、アブダビコンバットの88kg級では決勝まで進出した格闘家だとか。境内には山伏に長く信仰されてきたという由緒ある観音像や、義経弁慶一行にまつわる伝説も残り、魅力あふれる人柄とその軽妙な話術に、連れの興味も津々だったようだ。

76こけし館s.jpg77こけし館s.jpg80こけし館s.jpg81こけし館s.jpg
85こけし館s.jpg86こけし館s.jpg87こけし館s.jpg84こけし館s.jpg
89玉子屋本店s.jpg90玉子屋本店s.jpg93玉子屋本店s.jpg
92玉子屋本店s.jpg94玉子屋本店s.jpg95玉子屋本店s.jpg98玉子屋本店s.jpg


知るほど深いこけしの世界。
老舗和菓子のユニーク喫茶。

 次に向かった先は、鳴子こけしの販売をはじめ、製作過程やその歴史資料を一堂に展示している「岩下こけし資料館」。館内には、日本最古のろくろで作られた古木器や、ろくろ師の保護を定めた信長や秀吉の書状など、貴重な文献もある。
 東北地方で生まれたこけしは、農閑期となる冬、人々が出かけた湯治場で子供の土産に買い求めたのが始まりとのこと。やがて、大人の鑑賞用として発展。特に鳴子は、国内最大の伝統こけし産地だという。鳴子こけしの特徴は胴が太く、頭がはめ込み式で首が廻り〈キュッ、キュッ〉と音が鳴る。売店コーナーには伝統こけしの他、創作こけしや雛こけし、昔懐かしい木地玩具や漆器等も豊富に揃っていた。
 つぶらな瞳が可愛らしいこけしと目が合い、作者を伺うと、自らも女性こけし工人である店のオーナー、遊佐さんの作品とのこと。最近の人気は、魔除けの縁起を担いだ、木目の美しい槐(えんじゅ)製。店内には、大崎地区で最大だという《竈神》も睨みをきかせ、観光客の驚きを誘っていた。
 再び温泉街に戻り、昨夜、ホテルで見つけた〈わらび餅〉の「玉子屋本店」へ寄り道。〈おかしときっさ たまごや〉と書かれた看板奥のドアを開けたとたん、先客とビートルズナンバーをセッションするマスターの姿が飛び込んできた。壁にはジョンレノンの愛用ギター〈Epiphone Casino〉も。〈鳴子のジョン・レノン〉こと、オーナーの宮本さんは、自他ともに認める大のビートルズファン。現在もライブに出演する傍ら、5代目菓子職人として、店で出す和洋菓子を作りづつけている。
 店の創業は明治10(1877)年。旅行客が気軽に立ち寄れる場づくりを目指し、喫茶店を始めたのは30年程前。オーナーの趣味で埋め尽くされた店内は、どこかノスタルジックな心地よさ。一角には、わらび餅の歴代包装紙といった老舗ならではの資料の他、大人好みのスタンダードな洋菓子が並ぶガラスケースもあった。わらび餅に追加して、私は杏ジャムのタルトに好みでブランデーをかけていただく「タルト・コニャック」(252円)、連れは「パリブレストのシュークリーム」(210円)を注文。本物のワラビ粉を使ったわらび餅は、ゆべしを思わせる歯応えで風味も豊かだった。
 まだまだ雪深い鳴子に、ちいさな春の兆しを訪ねた3月。旅の喜びとはつまり、懐かしい記憶を温める、会いたいひとのいる幸せだ。魅力的な施設はもとより、語り合うほどに再会したくなる人々とのふれあいに、ひと足早い春の訪れを感じたひとときだった。


※記事内に表示の価格は2014年3月現在のものです。






posted by narukoaruku at 12:01 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月23日

11月 麻布渓谷晩秋の趣。鳴子ダムで紅葉散歩。

土地に伝わる産土信仰。
静寂を楽しむ晩秋の美麗渓谷。

2013年11月某日

01荒ハバキ神社01s.jpg05花山ダム湖02s.jpg
06浅布渓谷01s.jpg
08浅布渓谷03s.jpg07浅布渓谷02s.jpg
10浅布渓谷05s.jpg13浅布渓谷08s.jpg

  小春日和が続く晩秋。太陽の高さが日に日に低くなるこの季節、部屋の奥まで届く陽射しは、電気ストーブ数台分の暖かさなのだという。こんな温もりにほだされ、出かけない手はないだろう。鳴子・栗原エリアは、隠れた紅葉ポイントも多いと、以前、聞いた話を思い出した。紅葉狩りもそろそろ終盤の11月。早速、ホテルへ電話で問い合わせ、情報を参考に温泉がてらの紅葉見納めドライブへ。
 古川ICから一路、鳴子へと向かう国号47号線沿い、岩出山を過ぎてすぐの左手に、以前から気になっていた場所がある。田園の中に昔話の挿絵のように、1本の杉の大樹とともに佇む赤い社「荒脛巾(アラハバキ)神社」だ。「荒脛巾」の名は、一説によれば古代先住民、“アラバキ(アラハバキ)族”に由来し、東北、関東一円で2,000年に渡り信仰される“産土(うぶすな)神”だという。ふと見ると、社には幾つもの布が結びつけられている。「荒脛巾」の「脛巾(はばき)」とは 、脚の脛(すね)に巻く布(脚絆)を指すという。「荒脛巾神社」は、旅程の無事を祈る道祖神的な信仰もあるようだ。
 神社に手を合わせたあと、国道457号線から398号線を北上し、花山湖の紅葉を楽しみながら走ること約20分。「浅布渓谷」へと到着。駐車場に車を停め、人家の脇の細いあぜ道を辿り渓谷を目指す。道の突き当たりには左右に別れ、「不動の滝」「四巻の滝」と書かれた看板があった。まずは、林間の渓谷遊歩道を歩いて上流の「不動の滝」へ。
 行く手に現れたのは、見事な水量を誇る瀑布だった。滑滝のため落差こそないが、青緑色を帯びた岩肌が、石舞台のように階段状を呈した姿は何とも優美。ところどころ淀となった水面に、ユラリと渦を巻くモミジの姿は、まるで一枚の日本画のようだ。「きれいなところね」と、連れもうっとりしている。
 一方、下流の「四巻の滝」は、山肌に抱かれた浅い渓流にある小滝だった。滝までは水際へと下りる遊歩道もあり、間近で対峙できる。2008年の岩手・宮城内陸地震で、大きな被害を受けた栗駒エリア。その後の復旧工事で一時、麻布渓谷の水の透明度もやや落ちたが、今は昔どおりの蒼く美しい水質を取り戻したという。趣き異なる2つの滝を数分の距離で楽しめる「浅布渓谷」は、まさに知るひとぞ知る名スポットだ。

14花山寒湯番所01s.jpg15花山寒湯番所02s.jpg16花山寒湯番所03s.jpg
18花山寒湯番所05s.jpg19花山寒湯番所06s.jpg
22花山寒湯番所09s.jpg17花山寒湯番所04s.jpg24花山寒湯番所11s.jpg23花山寒湯番所10s.jpg

苔むした基壇が語る時の威光。

豪壮で圧巻の花山番所跡。

 
渓谷から国道を秋田方面へさらに約15分。次に向かったのは、仙台藩に27ヶ所あった番所の中で最北端に位置する「花山村寒湯(ぬるゆ)番所跡」。ここは花山越えの関所で、古くは“仙台藩仙北御境目寒湯番所”と言われ、政宗公が岩出山入りしてから約200年もの間、藩境を往来する人と荷物の検問を行った場所として知られる。建物は、市営の一軒宿である温湯(ぬるゆ)山荘に隣接。関所遺構として安政(1854〜1860)初期に改築したケヤキ造の“四脚門”と“役宅(役人の住居)”が双方現存するのは全国的にも珍しく、国の史跡に指定されている。見上げんばかりにそびえ立つ、役宅は間口約23m、奥行約12mの圧巻の規模。早速、観覧料(大人200円)を支払い中へ。
 建物内は吹き抜けで、釘を1本も使わずくさび止めだけで造られているという、天井の見事さに思わず目を見張る。梁の太さも軽く1尺を超えるだろう。槍や刺又などの民俗資料の展示もあり、柱には立派な竈神も祀られていた。
 「あ、雪。」驚く連れの声に、ふと目を外にやると、真っ赤なモミジに白いものが舞っている。「冷えると思った」と、手をこすり合わせる彼女を見ながら、受付の方に伺うと、今年は10日程、早いのだという。敷地内にある大きな枝垂桜の古木が見事な花を咲かせるのは、まだだいぶ先のようだ。

25小黒ヶ崎s.jpg26美豆の小島03s.jpg29美豆の小島04s.jpg
27美豆の小島01s.jpg
28美豆の小島02s.jpg

都人が詠んだ歌枕の地に、

俳聖の遺風を訪ねて。
 
 再び国号47号線に戻り、鳴子温泉方面へ。途中、小黒ヶ崎山の麓にある小黒崎観光センターの駐車場の一角に俳聖・松尾芭蕉の像を発見。傍らの説明書きによれば、“おくのほそ道”に、この辺りの「小黒崎(をくろさき)」と「美豆(みづ)の小島」の名が登場しているという。絵になる姿の松が点在している「小黒ヶ崎山」と「美豆(みづ)の小島」は、平安の都人たちの歌枕に詠まれた、みちのくの名勝だったとある。名前に惹かれ探した小島は、そこから約数分の場所にあった。車1台がやっと通れる道を進むと“おくのほそ道”の道標と歌碑が建つ、ちいさな駐車場がある。ここからは川沿いを歩いて向かうようだ。燃えるような草もみじのなか、時折吹きぬける風に天を仰ぎながら、人工物と一切無縁の広大な河川敷を歩いていると、芭蕉と曽良の旅程を辿るような錯覚さえ覚える。
 川の水量の変化だろうか。中洲にある浮島の予想を裏切り、美豆の小島は、うっかりすると見逃してしまいそうな川岸にひっそり佇んでいた。頂きには格好の良い松の木と、桜の小木もある。調べてみると、松は芭蕉の足跡と当時の遺風を伝えるべく、洪水による流出のたびに、土地の人々により代々植え継がれてきたものらしい。島には、弁財天を祀った小さな祠もあった。芭蕉の弟子である曽良の随行日記によれば、ここを訪れた当時、島は向岸に接していたようだ。1957(昭和32)年、鳴子ダムが完成するまで“暴れ川”として氾濫の歴史を刻んできた江合川は、幾度となく「美豆の小島」の景色を変えてきたのだろう。やわらかな秋の西日に抱かれ、今では草野原となった河川敷に静かに影を落とす小島は、饒舌な語り部のようだった。

31高野槇檜露天02s.jpg36玉の湯04s.jpg34玉の湯02s.jpg
38ブッフェ夜02s.jpg40ブッフェ夜04s.jpg45ブッフェ夜09s.jpg
41ブッフェ夜05s.jpg55鳴子Hダイニングs.jpgIMG_3727加工.jpg50ブッフェ朝13s.jpg

高野槙の贅沢露天と冬の美味。

心ぬくもる2つの幸せ。

 
初雪がおりた鳴子の町は、早くも冬の気配。すっかり冷えた体を温めに、早速、風呂へと向かう。時間帯により男女入れ替え制の大浴場は、夕刻は宿自慢の「高野槙桶露天風呂」のある「玉の湯」が、ご婦人用だ。
 別名ホンマキとも呼ばれる“高野槙(こうやまき)”は、“木曽五木”のひとつにも数えられる日本固有の針葉樹で、水に強く朽ちにくいことから、古来から湯船や橋梁材に使われてきた高級木材。高野山の霊木でもあり、香りもよく、老木になっても樹形が乱れない“世界3大美樹”という点も、連れいわく、「あやかりたいわよねぇ」と、かなりお気に召している点らしい(笑)。本日の湯色は「翡翠」。明日朝の期待を胸に、私も「芭蕉の湯」をたっぷり堪能。
 お楽しみの夕食は、湯気も賑やかな冬メニューに変わっていた。ダイニングでは威勢のよい料理人が次々と、手際よく目の前で調理してくれる。思わず「うまいっ」と叫んでしまった桃浦産の揚げたて「牡蠣フライ」は、驚くほど軽い衣とジューシーな旨みが広がる絶品だった。会場いっぱいに立ち込める香りや素材の食感、体がほっこりする冬の味わいに、おのずと笑顔がほころぶ。
 白い吐息が湯煙と溶け合う、キンと冷えた翌朝。昨晩、張り切りすぎた(笑)お腹をいたわりながら、ゆっくり朝湯に浸かったあと、少し早い歳迎え気分で大女将さんの名物雑煮の朝ご飯。宿のエントランスで、濛々と立ち込める源泉の湯気に見送られながら、お世話になったホテルの方にお礼をして、いつもより少し早めに宿を出発。

52鳴子ダム03s.jpg53鳴子ダム04s.jpg
58鳴子ダム02s.jpg59潟沼紅葉s.jpg60鳴子峡紅葉s.jpg

落差100mの谷に響く轟音。

紅葉と放水の大迫力競演。

 
鳴子峡と並ぶ紅葉スポットの「鳴子ダム」は、ホテルから鬼首に向かう国道108号線をやや北上した先にあった。駐車場は、雪よけの覆道を過ぎてすぐ。ダムの堤体の上までは、春から秋にかけては自由に歩いて散策できる(冬季は閉鎖)。
 江合川の上流に1957(昭和32)年、完成した鳴子ダムは、日本人のみの手による国内最初のアーチ式コンクリートダムだという。流域面積のほとんどが自然豊かな栗駒国定公園内にあり、春の新緑や秋の紅葉など、変化に富んだ景色が年間を通じて鳴子の観光スポットになっている。高さは94.5m。遥か下に見える江合川を挟むように、奥へ奥へと山々が折り重なる姿は、鳴子峡とはまた異なる威厳に満ちている。毎年5月には、雪解け水の豪快な“すだれ放流”を背に、堤体にズラリと掲げられた鯉のぼりが“鯉の滝のぼり”のように見え、その壮観な光景を一目見ようと多くの見物客で賑わうのだという。
 まもなく堤体の中ほどに到着、という瞬間、突然、ゴゴゴという轟音とともに、なんと放水(!)。驚いた観光客が、みな一斉に下を覗き込む。ものすごい飛沫とともに、弧を描いて落ちる水は、まるで巨大な白龍のようだ。色づきが今ひとつだった今年の紅葉も晩秋を迎え、山はさらに枯れた装いを呈していたが、旅の終わりの粋な演出に思わず感動。
 高揚した気分も手伝い、帰りは夏に一度訪れた鳴子峡と潟沼へ、今年最後の紅葉の見納め逍遥。盛りを過ぎたとはいえ、変わらぬ瑠璃色をたたえた沼は山の彩りを映し、子守唄を奏でているかのように安らかだった。
 図らずも、人混みを避ける晩秋のタイミングで、まだまだ知らない栗駒エリアの秘蔵スポットを訪ねた今回の鳴子行路。ハイシーズンの名観光地の絶景も素晴らしいが、かつてこの地へ導かれた芭蕉と曽良のように、何気ない道程で出会う興味や感動を心に探る時間もまた、旅の本懐だ。鳴子あるきはこれだから、やめられない。



posted by narukoaruku at 18:46 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月01日

9月 間欠泉と地獄谷巡り

黄金色に輝く秋の里山に、
心揺さぶる旅情を求めて。

2013年9月某日

34鳴子夕景s.jpg

 自然界の万物を〈木・火・土・金・水〉で表す陰陽五行の世界では、秋は「金(こん)」だという。「金」は文字通り黄金色。この季節、秋風と優雅に踊る黄金色の稲穂を見ていると、まったく共感せずにはいられない。長く厳しい冬へと向かう刹那の季節。低く垂れこめた靄が、しっとりと夢のような景色を見せるなか、絢爛な彩りで賑わう喧噪前の静かな旅情を求め、連れと2人、再び鳴子へ車を走らせる。


01間欠泉01s.jpg02間欠泉02s.jpg03間欠泉03s.jpg

鬼の名に見る猛々しい息吹。
大自然の神秘、間歇泉。

 温泉街から鳴子ダムと荒雄湖沿いに国道108号線を北上し、荒雄湖畔公園から県道171号線を、吹上高原キャンプ場方面へ進むこと約20分。着いた先は「鬼首 おにこうべ」。伝説によれば、「鬼首」の名は、平安時代、征夷大将軍の坂上田村麻呂との戦いに敗れた陸奥国の酋長で、その武勇から〈鬼〉と呼ばれた大竹丸が、この地で斬首されたことに由来するという。周囲は一大地熱地帯で、高温の温泉や噴気帯が数多く存在ししている。ここには、東北で有名な間欠泉がある。

 折りから降り出した霧雨のなか、駐車場に車を停め「間欠泉センター」へ。まずは、2階にある入口で入園料(大人1名 400円)を支払う。間欠泉は食堂や土産物屋のある建物の階段を下りた先にあるようだ。現在、噴出しているのは「弁天」「雲竜」と呼ばれる2つ。そのうち「弁天」は、約10分間隔で頭上高く熱泉を吹き上げる姿が見られるという。
 人影もまばらな園内には、足湯や、80度を超える熱泉を利用して、温泉卵をつくる専用の施設もある。早速、土産物屋で生卵(1個40円・塩付)を購入し、傍らのザルで、のんびりと間欠泉&温泉卵待ち。その日の天候にもよるが、半熟の温泉卵なら約10分、固ゆでは約15分程で出来上がるという。


06間欠泉06s.jpg04間欠泉04s.jpg05間欠泉05s.jpg10間欠泉09s.jpg07間欠泉07s.jpg13間欠泉13s.jpg

轟音と熱湯の温泉劇場。
風雅でワイルドな大露天風呂。

 やがて「弁天」に、ふつふつと予兆が現れはじめた。その勢いはあっという間に大きくなり、轟音と共に、地下18mから熱泉が一気に空中高く躍り出る。高さは10mはある。濛々とした湯煙とともに辺りに降り注ぐ飛沫は、まさに迫力満点。訪れていた誰もが立ち止まって頭上を仰いでいる。やがて勢いは次第に小さくなり、噴出は終了。何事もなかったように、熱を帯びた辺りの空気を霧雨がクールダウンし始めた。「忘れてた!」と、大自然の驚異を目の当たりに、うっかり半熟のタイミングを逃してしまった卵を、連れが慌てて引き上げに向かう。アツアツの卵は、固ゆでながらも、しっとりと濃厚な黄味の美味さがまさに絶品だった。
 ところで、この間欠泉敷地内には、一見、池かと見間違うほどの広さを誇る混浴の大露天風呂もある。吹上沢の流れに寄り添い、風雅な緑陰に抱かれた湯船は、100人は入れるかもしれない。風呂の廻りは一部、木塀や葦簀(よしず)で、目隠しがされているものの、基本的には、まる見えというワイルドさ。「男のひとが入ってたの!」混浴と知らず、好奇心で中の様子を見に行った連れが、驚いた表情で戻ってきた(笑)。
 「いい湯だよ、最初は抵抗あるだろうけど(笑)」湯上りに涼んでいた男性の話では、ここを初めて訪れる観光客は、みな驚くそうだ。とはいえ、素晴らしい佇まいに、湯船の縁に腰を下ろし、景色と足湯を楽しんでいくという。男女共に勇気を試される風呂だが、人のいない時間や季節なら、穴場中の穴場だ。たとえ、ひるんで風呂が無理でも、少なくとも、ここを訪れるなら生卵は必携だ(笑)。 
 風呂の奥にある階段を下りると、吹上沢と風呂から溢れた源泉が混ざり合い流れ落ちる、〈湯滝〉もあった。この周囲だけは雨の寒さもどこへやら、マイナスイオンたっぷりの、熱気に包まれた天然のサウナ。自然はまさに、繊細で豪放大胆な療法士だ。


15地獄谷最初橋s.jpg17地獄谷紫地獄あたりs.jpg18地獄谷紫地獄あたりs.jpg
16地獄谷s.jpg21地獄谷玉子茹場s.jpg20地獄谷紫地獄あたりs.jpg
25地獄谷ワラビ湯辺りs.jpg
28地獄谷s.jpg

大地が生んだ天然の温室。
緑と熱気の、吹上地獄谷。

 間欠泉から車で約5分の場所には「吹上地獄谷」もある。ここは、100度近い源泉が随所に自噴する沢沿いに、片道約30分の遊歩道が整備され、鬼首の地熱をより身近で体感できるスポットだ。広い駐車場に設置された案内板には英語、中国語、韓国語も併記され、その人気の高さが伺える。
 遊歩道は、駐車場脇から降りる階段が入口のようだ。硫黄の香りが立ち込めたコースには、吊り橋や木道、休憩ベンチが整備され、ところどころに見どころを紹介する案内板もある。周囲の静けさに、ボコボコッと響き渡る噴気孔の不気味な音色と、べったりと肌に吸い付く高湿度の熱気は、まさに温室さながら。ミソハギやホトトギスがひっそり咲く美しい森林浴の道ながら、いつ噴き出すか分からない熱湯への緊張感は、なかなかに刺激的だ。
 ほどなく「紫地獄」に出た。案内書によれば、仏教界で極楽にたなびく紫雲になぞらえ、ここを地獄谷の極楽に例えたという。ふと見ると、「卵湯」と名付けられた天然の湯だまりを発見。どうやら、行きすがら、卵をこの熱泉に浸しておくと、帰ってくる頃に出来上がる算段らしい。かつて、この地域の人々は、この熱泉に洗米を浸し、独特の風味を持つ美味い白飯を炊いたという。豊かな湯に恵まれた鳴子・鬼首界隈では、人のみならず、卵も米も、どうやら無類の温泉好きのようだ(笑)。
 コースも終盤となり、「とちの木湯」と呼ばれるスポットを通り過ぎる。と、次の瞬間、道の脇にある噴出孔が急に騒ぎだし、ほどなく巨大な噴水のように熱湯が数メートルの高さで降り注いできた。間一髪で危うく難を逃れる。コースには、こういった間欠泉を伴う場所が3ヶ所あり、歩くには注意が必要だ。とはいえ、春夏秋冬、遊歩道の景色を楽しみながら、間欠泉に間近で出会える場所は国内でも希少で、是非ともおすすめの観光地だ。


38鳴子H廊下花s.jpg35鳴子H客室s.jpg37鳴子H客室眺望s.jpg
39鳴子H大浴場掛湯s.jpg
43鳴子H大浴場s.jpg44鳴子H露天風呂s.jpg
47鳴子H客室夕景s.jpg49鳴子Hダイニングs.jpg52鳴子Hダイニングs.jpg
54鳴子Hダイニングs.jpg58鳴子Hダイニングs.jpg24夕食たまねぎs.jpg23夕食かにs.jpg

変幻自在の七色の湯。
体に沁みる吟醸酒と美味三昧。

 鳴子ホテルに到着したのは、静かな夕暮れどき。雨上がりの山景を部屋からのんびり愛でつつ、夕食前のひと風呂へ。「芭蕉の湯」は、圧巻なまでの広々とした湯船と、シックな間接照明が印象的な大浴場だ。余談だが、実はこの風呂の照明は、東京スカイツリーのライティングを手掛けた照明デザイナー、戸恒 浩人氏の手によるものらしい。湯元の宿らしく、温泉はもちろん源泉掛け流し。赤と黒の大きな甕に溢れ落ちる〈かけ湯〉をした後、とろみのある〈白緑(びゃくろく〉色の湯に肩まで浸かり、そっと目を閉じる。硫黄の香りに包まれた一日だったとはいえ、やはり、この至福には代えられない。しばし内湯を楽しんだあと、露天風呂に移動し、ふと気付く。同じ源泉ながら露天風呂の湯色は内湯とは違うようだ。そればかりか、場所により2色を呈している。まさに、噂どおりの七色の湯だ。
 湯気の匂いも香ばしいダイニングレストランでは、今日も活気に充ちたスタッフの笑顔と、ライブ感あふれる職人のできたて料理が私たちを迎えてくれた。今夜は幸運にも、山河の風景を望む窓際の特等席。まずは、地酒の「芭蕉の雫」で乾杯。「芭蕉の雫」は、地元の新澤醸造と鳴ホテルがつくりあげた吟醸酒で、酒造好適米の〈蔵の華〉の旨味と華やかな香り、すっきりとしたキレ味が、どんな料理にも合う辛口の食中酒だ。ホテルではこの他にも、宮城を代表する銘酒の数々を取り揃えている。
 前回の来訪で、すっかりここの料理のファンになったという連れは、目の前で焼き上げるアメリカ牛の最高グレード〈プライム〉等級の、ジューシーな「アメリカンビーフステーキ」をはじめ、「海老いもとホウキダケの煮物」など、新たなメニューを早速、吟味している。手づくりのデザート「アップルコンポート」までしっかりと味わい、心まで満腹気分の夜が更けてゆく。


65鳴子H朝ダイニング加工.jpg66鳴子H玄関前s.jpg67鳴子H玄関s.jpg
68鳴子街足湯s.jpg69鳴子街風情s.jpg15温泉街s.jpg

にがりでつくる豆乳プリン。
甘さ控えめの湯上りデザート。

 温泉街から立ち昇る湯気が、靄に溶ける翌朝。今回も、ホテル名物の大女将さんの「田舎雑煮」を朝食にしっかりいただき、チェックアウト。ホテル前にある源泉湯小屋がボコボコと音を立てる姿を眺めながら、開湯以来、料理に、癒しに、湯の恵みと歩んできた人々の暮らしぶりを想う。
 帰りは温泉街を少し散策して足湯を楽しんだ後、「高橋豆腐店」の「アンさんの豆乳プリン」(180円・ブルーベリーソース付)と、「豆乳チーズケーキ」(280円)、「くるみ豆腐」(230円)を購入。店は大正時代から3代続く老舗で、宮城県産大豆〈ミヤギシロメ〉を使用した豆腐とヘルシーな豆乳スイーツで知られる。通称〈アンさん〉こと、店の女将のアンへレスさんは、フィリピンから鳴子に嫁いではや20余年の看板娘。卵やゼラチンを使わず、〈にがり〉でつくる人気の「豆乳プリン」は、「いくらでも食べられるかも」の連れの言葉どおり、体に優しい、甘さ控えめのすっきりとした味わいだった。
 穏やかな湯郷が秘めた、猛々しい横顔を訪ねた今回。それは、古く大自然を神と崇めてきた、日本人の心の系譜に触れるひとときでもあった。折しも、2つの古社の式年遷宮が重なる今年。自然に生かされ癒される、そんな私たちの原点を振り返る、神詣でに出掛けてみるのはいかがだろう。
 

posted by narukoaruku at 14:09 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。