2014年01月23日

11月 麻布渓谷晩秋の趣。鳴子ダムで紅葉散歩。

土地に伝わる産土信仰。
静寂を楽しむ晩秋の美麗渓谷。

2013年11月某日

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  小春日和が続く晩秋。太陽の高さが日に日に低くなるこの季節、部屋の奥まで届く陽射しは、電気ストーブ数台分の暖かさなのだという。こんな温もりにほだされ、出かけない手はないだろう。鳴子・栗原エリアは、隠れた紅葉ポイントも多いと、以前、聞いた話を思い出した。紅葉狩りもそろそろ終盤の11月。早速、ホテルへ電話で問い合わせ、情報を参考に温泉がてらの紅葉見納めドライブへ。
 古川ICから一路、鳴子へと向かう国号47号線沿い、岩出山を過ぎてすぐの左手に、以前から気になっていた場所がある。田園の中に昔話の挿絵のように、1本の杉の大樹とともに佇む赤い社「荒脛巾(アラハバキ)神社」だ。「荒脛巾」の名は、一説によれば古代先住民、“アラバキ(アラハバキ)族”に由来し、東北、関東一円で2,000年に渡り信仰される“産土(うぶすな)神”だという。ふと見ると、社には幾つもの布が結びつけられている。「荒脛巾」の「脛巾(はばき)」とは 、脚の脛(すね)に巻く布(脚絆)を指すという。「荒脛巾神社」は、旅程の無事を祈る道祖神的な信仰もあるようだ。
 神社に手を合わせたあと、国道457号線から398号線を北上し、花山湖の紅葉を楽しみながら走ること約20分。「浅布渓谷」へと到着。駐車場に車を停め、人家の脇の細いあぜ道を辿り渓谷を目指す。道の突き当たりには左右に別れ、「不動の滝」「四巻の滝」と書かれた看板があった。まずは、林間の渓谷遊歩道を歩いて上流の「不動の滝」へ。
 行く手に現れたのは、見事な水量を誇る瀑布だった。滑滝のため落差こそないが、青緑色を帯びた岩肌が、石舞台のように階段状を呈した姿は何とも優美。ところどころ淀となった水面に、ユラリと渦を巻くモミジの姿は、まるで一枚の日本画のようだ。「きれいなところね」と、連れもうっとりしている。
 一方、下流の「四巻の滝」は、山肌に抱かれた浅い渓流にある小滝だった。滝までは水際へと下りる遊歩道もあり、間近で対峙できる。2008年の岩手・宮城内陸地震で、大きな被害を受けた栗駒エリア。その後の復旧工事で一時、麻布渓谷の水の透明度もやや落ちたが、今は昔どおりの蒼く美しい水質を取り戻したという。趣き異なる2つの滝を数分の距離で楽しめる「浅布渓谷」は、まさに知るひとぞ知る名スポットだ。

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22花山寒湯番所09s.jpg17花山寒湯番所04s.jpg24花山寒湯番所11s.jpg23花山寒湯番所10s.jpg

苔むした基壇が語る時の威光。

豪壮で圧巻の花山番所跡。

 
渓谷から国道を秋田方面へさらに約15分。次に向かったのは、仙台藩に27ヶ所あった番所の中で最北端に位置する「花山村寒湯(ぬるゆ)番所跡」。ここは花山越えの関所で、古くは“仙台藩仙北御境目寒湯番所”と言われ、政宗公が岩出山入りしてから約200年もの間、藩境を往来する人と荷物の検問を行った場所として知られる。建物は、市営の一軒宿である温湯(ぬるゆ)山荘に隣接。関所遺構として安政(1854〜1860)初期に改築したケヤキ造の“四脚門”と“役宅(役人の住居)”が双方現存するのは全国的にも珍しく、国の史跡に指定されている。見上げんばかりにそびえ立つ、役宅は間口約23m、奥行約12mの圧巻の規模。早速、観覧料(大人200円)を支払い中へ。
 建物内は吹き抜けで、釘を1本も使わずくさび止めだけで造られているという、天井の見事さに思わず目を見張る。梁の太さも軽く1尺を超えるだろう。槍や刺又などの民俗資料の展示もあり、柱には立派な竈神も祀られていた。
 「あ、雪。」驚く連れの声に、ふと目を外にやると、真っ赤なモミジに白いものが舞っている。「冷えると思った」と、手をこすり合わせる彼女を見ながら、受付の方に伺うと、今年は10日程、早いのだという。敷地内にある大きな枝垂桜の古木が見事な花を咲かせるのは、まだだいぶ先のようだ。

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都人が詠んだ歌枕の地に、

俳聖の遺風を訪ねて。
 
 再び国号47号線に戻り、鳴子温泉方面へ。途中、小黒ヶ崎山の麓にある小黒崎観光センターの駐車場の一角に俳聖・松尾芭蕉の像を発見。傍らの説明書きによれば、“おくのほそ道”に、この辺りの「小黒崎(をくろさき)」と「美豆(みづ)の小島」の名が登場しているという。絵になる姿の松が点在している「小黒ヶ崎山」と「美豆(みづ)の小島」は、平安の都人たちの歌枕に詠まれた、みちのくの名勝だったとある。名前に惹かれ探した小島は、そこから約数分の場所にあった。車1台がやっと通れる道を進むと“おくのほそ道”の道標と歌碑が建つ、ちいさな駐車場がある。ここからは川沿いを歩いて向かうようだ。燃えるような草もみじのなか、時折吹きぬける風に天を仰ぎながら、人工物と一切無縁の広大な河川敷を歩いていると、芭蕉と曽良の旅程を辿るような錯覚さえ覚える。
 川の水量の変化だろうか。中洲にある浮島の予想を裏切り、美豆の小島は、うっかりすると見逃してしまいそうな川岸にひっそり佇んでいた。頂きには格好の良い松の木と、桜の小木もある。調べてみると、松は芭蕉の足跡と当時の遺風を伝えるべく、洪水による流出のたびに、土地の人々により代々植え継がれてきたものらしい。島には、弁財天を祀った小さな祠もあった。芭蕉の弟子である曽良の随行日記によれば、ここを訪れた当時、島は向岸に接していたようだ。1957(昭和32)年、鳴子ダムが完成するまで“暴れ川”として氾濫の歴史を刻んできた江合川は、幾度となく「美豆の小島」の景色を変えてきたのだろう。やわらかな秋の西日に抱かれ、今では草野原となった河川敷に静かに影を落とす小島は、饒舌な語り部のようだった。

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38ブッフェ夜02s.jpg40ブッフェ夜04s.jpg45ブッフェ夜09s.jpg
41ブッフェ夜05s.jpg55鳴子Hダイニングs.jpgIMG_3727加工.jpg50ブッフェ朝13s.jpg

高野槙の贅沢露天と冬の美味。

心ぬくもる2つの幸せ。

 
初雪がおりた鳴子の町は、早くも冬の気配。すっかり冷えた体を温めに、早速、風呂へと向かう。時間帯により男女入れ替え制の大浴場は、夕刻は宿自慢の「高野槙桶露天風呂」のある「玉の湯」が、ご婦人用だ。
 別名ホンマキとも呼ばれる“高野槙(こうやまき)”は、“木曽五木”のひとつにも数えられる日本固有の針葉樹で、水に強く朽ちにくいことから、古来から湯船や橋梁材に使われてきた高級木材。高野山の霊木でもあり、香りもよく、老木になっても樹形が乱れない“世界3大美樹”という点も、連れいわく、「あやかりたいわよねぇ」と、かなりお気に召している点らしい(笑)。本日の湯色は「翡翠」。明日朝の期待を胸に、私も「芭蕉の湯」をたっぷり堪能。
 お楽しみの夕食は、湯気も賑やかな冬メニューに変わっていた。ダイニングでは威勢のよい料理人が次々と、手際よく目の前で調理してくれる。思わず「うまいっ」と叫んでしまった桃浦産の揚げたて「牡蠣フライ」は、驚くほど軽い衣とジューシーな旨みが広がる絶品だった。会場いっぱいに立ち込める香りや素材の食感、体がほっこりする冬の味わいに、おのずと笑顔がほころぶ。
 白い吐息が湯煙と溶け合う、キンと冷えた翌朝。昨晩、張り切りすぎた(笑)お腹をいたわりながら、ゆっくり朝湯に浸かったあと、少し早い歳迎え気分で大女将さんの名物雑煮の朝ご飯。宿のエントランスで、濛々と立ち込める源泉の湯気に見送られながら、お世話になったホテルの方にお礼をして、いつもより少し早めに宿を出発。

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58鳴子ダム02s.jpg59潟沼紅葉s.jpg60鳴子峡紅葉s.jpg

落差100mの谷に響く轟音。

紅葉と放水の大迫力競演。

 
鳴子峡と並ぶ紅葉スポットの「鳴子ダム」は、ホテルから鬼首に向かう国道108号線をやや北上した先にあった。駐車場は、雪よけの覆道を過ぎてすぐ。ダムの堤体の上までは、春から秋にかけては自由に歩いて散策できる(冬季は閉鎖)。
 江合川の上流に1957(昭和32)年、完成した鳴子ダムは、日本人のみの手による国内最初のアーチ式コンクリートダムだという。流域面積のほとんどが自然豊かな栗駒国定公園内にあり、春の新緑や秋の紅葉など、変化に富んだ景色が年間を通じて鳴子の観光スポットになっている。高さは94.5m。遥か下に見える江合川を挟むように、奥へ奥へと山々が折り重なる姿は、鳴子峡とはまた異なる威厳に満ちている。毎年5月には、雪解け水の豪快な“すだれ放流”を背に、堤体にズラリと掲げられた鯉のぼりが“鯉の滝のぼり”のように見え、その壮観な光景を一目見ようと多くの見物客で賑わうのだという。
 まもなく堤体の中ほどに到着、という瞬間、突然、ゴゴゴという轟音とともに、なんと放水(!)。驚いた観光客が、みな一斉に下を覗き込む。ものすごい飛沫とともに、弧を描いて落ちる水は、まるで巨大な白龍のようだ。色づきが今ひとつだった今年の紅葉も晩秋を迎え、山はさらに枯れた装いを呈していたが、旅の終わりの粋な演出に思わず感動。
 高揚した気分も手伝い、帰りは夏に一度訪れた鳴子峡と潟沼へ、今年最後の紅葉の見納め逍遥。盛りを過ぎたとはいえ、変わらぬ瑠璃色をたたえた沼は山の彩りを映し、子守唄を奏でているかのように安らかだった。
 図らずも、人混みを避ける晩秋のタイミングで、まだまだ知らない栗駒エリアの秘蔵スポットを訪ねた今回の鳴子行路。ハイシーズンの名観光地の絶景も素晴らしいが、かつてこの地へ導かれた芭蕉と曽良のように、何気ない道程で出会う興味や感動を心に探る時間もまた、旅の本懐だ。鳴子あるきはこれだから、やめられない。





posted by narukoaruku at 18:46 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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