2013年06月15日

6月 幽玄、鳴子峡水景

雨あがりの深山幽谷。
翠したたる一幅の清涼。

2013年6月某日

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08鳴子峡s.jpg10鳴子峡大深沢橋側s.jpg12鳴子峡大深沢橋側s.jpg

 初夏のほてりを冷ます、驟雨。隣の席で車の窓を少し開けた連れが、「もう夏の匂いね」と、深呼吸しながら笑う。目指す鳴子峡は、鳴子温泉街から約5分。緑のトンネルが続く山道を上った先だ。紅葉シーズンには、その絶景を一目見ようと押し寄せる人々で、大渋滞を成すこのスポットは、緑の季節もそれはそれで美しい。人影もまばらな駐車場に車を置き、レストハウス脇にある展望台へ。山形との県境近くにある大谷川が刻んだV字渓谷は、約2キロメートルに渡って続く断崖絶壁と、高さ約100メートルの渓流が織り成す迫力満点の景勝地だ。雨上がりの靄に夢のように浮かび上がる、清澄な緑と鉄橋の佇まいは、東山魁夷の名画を思わせる情感に充ちていた。峡谷に沿った鳴子峡遊歩道は、ここ数年の地震による崩落と落石で、今も全面通行止めのようだ。レストハウス周辺には、手入れされた美しい森も広がり、名残の桜が露に濡れていた。
 去り難さにぶらりと立ち寄った、大深沢遊歩道の展望台では、思いがけぬ山水の佳景に遭遇。大自然はいつでも、私たちの期待を心地よく裏切る仕掛け屋のようだ。

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14温泉街s.jpg16深瀬s.jpg17深瀬主人s.jpg17深瀬だんごs.jpg

世紀を超えて愛され続ける、
老舗湯宿と名物だんご。

 夕暮れ間近の鳴子温泉街は、慌ただしく先を急ぐ地元の人や、食事前の散策を楽しむ浴衣姿の人々で、静かな賑わいを呈していた。立ち上る源泉の湯気に硫黄の匂いが香る湯街は、古き良き湯治場の面影が残る。今宵の宿は創業130余年の歴史を誇る、鳴子ホテル。和の気品あふれる館内には、宿の歴史を物語る美術品や、鳴子こけしの名工の作品も並ぶ。
 「すてき!」連れが思わず歓声をあげた客室は、贅沢すぎるほど広い露天足湯付きだった。目の前には緑の大パノラマが広がっている。突然、猛スピードで私たちの視界を横切った黒い影に思わず目を凝らす。ツバメだ。「鳥と同じ眺めなのね」と、彼女も愉快げだ。足湯には造り付けのテーブルもあり、開放感あふれる景色のなか、おしゃべりはもちろん、読書や湯上がりの乙な一杯も楽しめるようだ。早速、2人で嬉々と浴衣に着替え、夫婦みずいらずの足湯だんらん。
 夕食前の時間を利用して訪ねたのは、ホテルを下りたすぐ先にある「餅処 深瀬」。ここは、栗の甘露煮が丸ごと入った鳴子名物「栗だんご」発祥の店だ。3代目ご主人、深瀬さんによれば、店の創業は明治末期頃。「栗だんご」は、もともと農閑期に湯治に訪れる近隣の人々に、新鮮な栗が出回る秋の時季だけ出していたものだという。それが評判となり、いつしか広まったらしい。店内の一角には、できたてが食べられるスペースもあり、早速、1人前(2個入 350円)を注文。ホクホクした栗と甘辛いみたらしが絶妙な、世紀を超えて愛さるおいしさをいただく。だんごは朝7〜10時頃まで、鳴子ホテルでも販売されている(6個入・735円)。添加物不使用のため賞味期限は当日限り。「日持ちがせず、おしかりを受けることもあるんです」そう笑う主人の顔は、伝統の味への静かな誇りに満ちていた。

 
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22夕食あゆs.jpg25夕食たけのこs.jpg28夕食ちゃんこs.jpg29夕食ボルシチs.jpg

日本屈指の名湯の贅。
馳走三拍子の味わい晩餉。

 日本国内にある11種類の温泉のうち、鳴子温泉郷には9種類もの泉質が揃う。鳴子ホテルでも、敷地内に源泉を保有している。宿の真骨頂は、この非凡な湯の贅を、大浴場「玉の湯」をはじめ、広々とした浴場で、源泉本来の強烈な印象のまま、掛け流しで楽しめることにある。鳴子の源泉は湯船に配湯される途中、湯樋などで適温に冷まされる。生きた自然そのものを相手にするこの作業は、湯の番人である宿の湯守によって24時間体制で管理されている。鳴子の湯は、外気や湿度によっても色が様々に変化する。その神秘さもまた、多くの人々を魅了するゆえんだ。
 気になる今日の湯色は「白緑(びゃくろく)」。肌にとろり、と吸いつくような湯ざわりに、体が悦ぶのが分かる。TVCMにも登場した、話題の「高野槇(こうやまき)桶露天風呂」も、翡翠色の湯をたたえた風情あふれる風呂だった。興をそそられ予約した貸切風呂も、これまた圧巻。ちょっとした温泉旅館の大浴場ほどはあるだろう。2種類の温度が楽しめる湯船といい、10人上が使える広々したカランや脱衣所といい、宿を独り占めしているかのような豪遊気分を満喫。次々と驚かされる鳴子ホテルマジックに、楽しみは尽きない。
 夕食のダイニングレストランは、“キッチンスタジアム”の言葉が似合う、熱気あふれる食のエンターテイメント空間だった。オープンキッチンに並ぶ料理人が、目の前で腕をふるう焼きたて、揚げたてのひと皿は、湯気と会話と愉しさと、三拍子揃った目で味わうご馳走だ。
 宿の女将さん推薦の「ホタテのパイ包み」や「玉ねぎの姿焼き」は、ご婦人方にも大人気。「三角定義あぶらあげ」など、厳選された地元食材による郷土色豊かな逸品もあり、料理の品数もさることながら、ひとつひとつの手の込んだおいしさに、ついつい酒も箸も進む。なかにはあの横綱“白鵬”関とのご縁から生まれた宮城野部屋直伝 による野菜たっぷりの「なる子ちゃんこ鍋」も。ドリンクコーナーにも、ジュースやお茶の他、健康を気遣うサワードリンクが数種類用意され、細部まで手を抜かない宿のこだわりが見てとれる。ふくらんだ腹を抱え、部屋に戻ったあとは再びゆったり足湯三昧。ぼんやりと遠くに煌めく夜景が今日最後のご褒美だ。

67鳴子H玄関s.jpg33朝食女将のもちs.jpg34朝食あんことぞうにs.jpg51潟沼s.jpg
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竜神伝説が宿る神秘の湖で、
一周30分の幻想森林浴。

 翌朝も、あいにくの霧雨模様。源泉湯小屋から立ち上る湯気が、靄に溶けていく姿を眺めながら「晴れないかしらねぇ」と連れの顔も曇りがち。気を取り直し足を運んだ朝食会場で人気を集めていたのは、つきたての餅による素朴な味わいの「田舎雑煮」と「あんこ餅」だった。手慣れた手つきで客に餅をふるまう、明るい笑顔の大女将さんとのやりとりに、元気を充電させていただく。
 チェックアウト後は、空の機嫌を気にしながら、ホテル前の坂道をスポーツ公園方面へ上り「潟沼(かたぬま)」へ。鳴子火山の噴火によってできた「潟沼」は、冬でも凍ることのない、美しいエメラルドグリーンの水をたたえるカルデラ湖だ。湖岸や湖底からは今なお熱泉ガスが噴出し、周囲は強い硫黄の匂いが立ち込めている。案内板によれば、湖は世界でも有数の強酸性湖で、魚は生息していない。しかし、その静けさが下界と隔絶された、神秘的な趣きを与えている。湖の周囲には歩いて約30分ほどの散策路もめぐらされ、夢のように美しい湖畔や、緑したたる森の小路など、変化に富んだ景色が楽しめる。鮮やかな紅葉が照り映える秋の景色も素晴らしく、湖を眺めながら軽食が楽しめるレストハウスでは、シーズンには貸ボートでの湖面遊びも人気のようだ。湖の主は女性の竜神で、毎年桃の節句の夜明け頃、湖中から機を織る音が聞こえるといわれ、別名、竜神湖とも呼ばれているという。

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古き良き時代の大衆食堂。
素朴で豊かな山の幸と人の幸。

 温泉街へ戻り、昼食にホテルのフロントですすめられた、鳴子温泉駅近くの「ゑがほ食堂」へ。店は地元の人々にも古くから親しまれる大衆食堂で、昭和の雰囲気漂う、なんとも懐かしい佇まい。連れは名物の「山菜きのこそば」(1,050円)を、昨夜の飽食がたたった私は、少し軽めに温泉たまご(100円)付のざるうどん(550円)を注文。出てきたそばは、ワラビやゼンマイ、姫竹、天然なめこなど、地元で採れた山菜やきのこが、器からはみ出そうなボリュームだ。気付くと食堂の隣には、山菜や手作りの加工品を販売する店もある。天然の山菜ならではの、しっかりとした味わいと歯応えに、連れも大満足のようだ。店名どおり、気さくな笑顔の大場さんにすすめられ追加注文した“ゆきむすび”の手作りおにぎり(鮭・梅 各150円)は土日限定。ゆきむすびは、全国のお米コンテストで最優秀賞を受賞したこともある地元品種で、甘い香りと独特のモチモチ感が絶品だった。まだ収量が少ないことから貴重な米なのだという。

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82堺田分水嶺s.jpg86堺田分水嶺s.jpg85堺田分水嶺s.jpg87堺田分水嶺s.jpg

俳聖の旅と水の旅。
想いを馳せる、時間旅行。

 帰りは少し足を伸ばし、温泉街から西へ約20分。1689(元禄2)年、松尾芭蕉が“奥の細道”で曾良とともに宿泊した「封人の家(ほうじんのいえ)」へ。重厚な風格をたたえた茅葺きの建物は、推定築年数350年。当時の資料が展示された内部の見学は有料(大人250円)。芭蕉はこの家で、有名な《蚤虱馬の尿する枕もと》の句を残した。薪が音をたててはぜる囲炉裏端で、一服のお茶をいただきながら、人馬がひとつ屋根の下で生活を共にした時代に、のんびりと想いを馳せる。
 封人の家の駐車場から、菖蒲や蓮が咲く用水路沿いの小径を約200メートル進んだ先には「堺田分水嶺」もあった。分水嶺とは、日本海と太平洋が東西に分かれて流れる分岐点で、通常は山脈の尾根など奥まった場所にあり目にすることはできない。山形と宮城の県境に位置するここ堺田は、奥羽山脈の鞍部にあたり、分水嶺のある集落としては全国で2番目に低い海抜338メートル。水の岐路を平地で見ることができる希少な場所だという。付近は田園空間博物館として整備され、すぐ側にはJR陸羽東線堺田駅もあった。

 誰にでも、ふと思い出したように会いたくなる場所がある。いつ訪ねても変わらない湯の素晴らしさと、おおらかな季節が、流れた歳月を忘れさせる鳴子の郷は、私にとってそんな存在だ。出会う景色それぞれに、懐かしい親愛の情がこみ上げる、鳴子だけの饒舌な時間もまた、名湯の地が育む安らかさの源泉かもしれない。


posted by narukoaruku at 03:44 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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